2/12 柳生新陰流の稽古
柳生新陰流(以後、「柳生流」とします) 柳生天狗堂の池之側 浩 師の下での概ね月1回の剣術稽古。
「合気」「合気之術」の要訣といわれる手掌腱膜と長掌筋、足底腱膜と足底筋の使い方について意見交換と多くの示唆をいただいた。
前後斬りを繰り返すと右上腕の三角筋前部に痛みを覚える悩みについてご相談したところ、股関節の回旋不足をご指摘いただいた。つまり足の向きが後側に残っているため動力が太刀まで伝わらず無意識に右腕で太刀を運ぶ動きになり負担がかかっているのではないか、というものでした。
三学円之太刀の「一刀両段」「斬釘截鐵」「半開半向」に続き「右旋左転」をご指南いただいた(後述)。また、前3技に共通する掛け抑えから「足を盗む」動きについての要点をご指南いただいた。太刀で鍔元を掛け抑えたとき両者の力は拮抗した状態にあるが、仕太刀の右足の支えの役割を打ち太刀側に委ね右足を虚歩にする。但し、この時に仕太刀の体軸が打太刀にもたれかかかってはならず、仕太刀の体軸は自身の中央を保つ。これにより2人で1つの構造体が成立する。虚歩で盗んで進めた右足に重心を移動させることにより構造体のバランスが変化し打ち太刀側に強い圧力がかかることになる。
<右旋左転の覚書>
打太刀、仕太刀共に拍子とりの小さな振りを繰り返す。この時の振りは上下させるのではなく、やや前方回転気味に動かすこと(いつでも打ちかかれる動き)。打太刀が仕太刀の峰を払った刹那に仕太刀は腕周りの小さな廻剣により捌いて左足を踏み込み打ち太刀の鍔元を掛け抑える。そこから左半身のまま右足から後方に大きく送り足をして下がり、右手甲を上向け右手と左手を交叉させ刃を上にむけ切っ先を下に下げるように構える。打ち立ちが仕太刀が上に向けた右手甲を打ってきたところ左手で太刀を返し刃を打太刀に向けつつ打太刀の鍔元を掛け抑える。左手で立ちを返すのと同じタイミングで前方の左足をやや左に送り右腸骨陵の位置で太刀による壁をつくり打太刀の動きを制する。
<陰と陽の合気>
冒頭の池之側先生との意見交換の示唆からの気づき
SNSの広がりにより、諸流派から「合気」なる技法が示されるようになった。それぞれに理合があるのであろうが、その特性が流派によって大きく異なり長らく戸惑いを覚えていた。雑駁な所感としては、内から外に向けて打ち放つような技法と、相手を吸い付けてしまうような技法が存在するように感じていた。前者の躰の使い方の要諦として「伸張力」が語られることが多く大東流諸派にみられるような「開掌」などの身体操作が挙げられる。後者においては「龍之口」や「朝顔の手」といった手掌腱膜の収縮による身体操作と相手との「同調」といった身体感覚が語られることが多い印象がある。
こうしたことを池之側先生にお話ししたところ「エネルギーは常に両極の特性を持つ。陰と陽、+と−、N極とS極など、二つで一つの”太極”を成す。”合気”の発現の特性としても引きつけ合う”引力”と反発し合う”斥力”が存在し、躰のいくつかの箇所でそれを制御する要所・要訣があり、その組み合わせの選択が流儀の個性となるのであろう」とお示しいただきました。
なるほど、陰陽の太極を例示されたことで、少し腑に落ちるところがありました。日本伝統武術の場合、筋力で説明できない力をひとまとめに「合気」と呼ぶ傾向にありますが、中国拳法、特に太極拳では、その名の通りその思想の中心に陰陽の太極があり、その特性により「明勁」「化勁」などと細かく分類しているようです。
とはいえ、実際にこの身で実践に至るまでは千里の径庭を覚えますが、「合気」の在処を求めて彷徨い五里霧中の中にあったものが、少しその霧が晴れてきたような気がする。

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